しぬほどうまい、しぬほどすきだ、しんだほうがましだ、嘘つけ

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しんだことも無いくせに、こんな表現をする人がいる。
動物や人が死んでゆく様子を見たことのある人は、こんな表現は絶対にしない。
もがき苦しんで苦しんで、死ぬということはこんなにも苦しい、苦しまなければ死んでゆくことはできないのか、やり直したい死にたくないを、体をそらせ、よじって顔をひきつらせ苦しさを表しながら死んでゆく様を見たことなど無いのであろう。
おそらく小さな生き物をつついて死なせてしまったことも無いであろう。
しぬことは動物や人にとって簡単なことではないのです。簡単には死ぬことが出来ないから現代でも人類や動物などが存在するのです。

こころのなかに、きもちのどこかに死んだ方がましかな、などのささやきが侵入してきたら、この記事を読んでほしい。
姪(メイ)が精神的に苦しんだ末の行動を止めることが出来ず、また、父親が余命を残して苦しみながら死んでいく様を見つめるしかなかった自分に何ができるかと考えた結果のブログです。

近年、テレビ、スマホ、映画、マンガ、雑誌とかたくさんある表現手段で、敵、と思われる相手を、簡単にいじめ、たたきのめして英雄だとほめられるようなストーリーがあふれている。そんな英雄がただしい人間だと、思い込んでないだろうか。
こんな表現される英雄らは、社会に周りの人たちに良いことをしているのだろうか。食べるものを野菜やお米をそだてて食べさせてくれているのだろうか。漁船に乗り危ない海の上で一生懸命さかなをつかまえて、みんなに食べさせてくれるのだろうか。特有の臭いの中で、牛や豚を育てて、人間の体のためになる牛乳やお肉をつくってくれているだろうか。
わるいひと(犯人)をつかまえやっつける人たちは良い人だがざんねんながら悪い人を少なくしていこうという、じみちで大事な活動は誰もやっているとは表現されていない。アクションだけがオーバーに、華麗に表現されている。

あなたはそんな英雄がただ一つ正しい人で、社会に必要とされている人だ人間だと思い込んでいませんか。社会に必要とされる人間とは、周りのひとを生きさせてくれる人、野菜や肉や魚などの食べ物を作ってくれる人こそが本物の英雄なのです。テレビや漫画できれいに立ち回り悪じゃをこらしめる主人公が社会の英雄ではないのです。

同じように学校で試験の成績が良くても社会に必要とされる人間にならなければ成績の良し悪しなどどうでもよいことです。
日本社会では残念なことに入学・卒業した学校の名前で差別をされることもあります、収入も差別されることもあります。しかし、本物の英雄は学校の良し悪しでなく、日本社会や人間を存続させる仕事をしているかどうかで決まります。
小さい仕事でも社会の役に立つ人間の存続を支えてくれる仕事を地道に続ける人、出来るだけで良いのです、一生懸命でなくても良いのです、続ける人こそが英雄なのです。

小さな英雄をめざしましょう。

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